皆既日食2009ワールドレポート

キリバス編

キリバスを旅した人
市川雄一 http://live-moon.com/
非営利団体「ライブ!ユニバース」理事。皆既日食インターネット中継サイト「LIVE! ECLIPSE」では現地の中継の要として活躍。これまで日食中継で世界の6大陸を全制覇、特に、2003年には人類で初めて南極大陸での皆既日食ネット中継に成功した。
18年前の因縁

2009年の皆既日食、それは18年前(※1)の皆既日食から気にかけていた日食でした。

忘れもしない1991年7月11日。ハワイからメキシコにかけて月の影が走った20世紀で最長の皆既日食。皆既日食への溢れるほどの期待を持って行ったハワイで待っていたのは、皆既日食直前に空を覆った雲でした。朝から雲が多かったのですが、それでも欠け始めからは太陽が見えていました。徐々に欠けていく太陽。細く鋭いなった太陽が一筋の光に近くなり、ダイヤモンドリングまであとわずか!というところで、一筋の光を目に焼き付けたまま雲がすべてを覆ってしまったのです。ただただ呆然とした4分弱の暗闇。しかも信じられないことに皆既の時間が過ぎた後に雲が過ぎ去り、太陽が再びその姿を現しました。皆既の時間帯だけ雲に覆われる、このやり場のない悔しさが2009年の皆既日食に向かったのでした。

キリバスへの旅

今回の皆既日食を体感するにあたって、当初は硫黄島に行くことを考えていました。2007年頃から気象条件や現地情報を集めて絞り込んだのが硫黄島。皆既日食継続時間は長いし天気も心配なさそうだし文句なしだったのですが、問題はどうやって上陸するかでした。硫黄島には自衛隊の基地があり、通常一般の上陸は禁止されている島であったため、様々な手段を検討していたのですが結局断念せざるを得ず、観測地選びは最初からやり直しになりました。

観測地を選ぶにあたって中国やトカラ列島、奄美大島などははじめから考えていませんでした。多くの人が行くだろうと思っていたのと、天気の心配もありました。それよりも何よりも、限りなく何もない場所で皆既日食を全身で体感したいという思いが強かったことが観測地を決めるポイントになりました。月影の通り道。世界地図を広げてその線をなぞり最終的に選んだ場所、それがキリバスでした。

観測地に選んだキリバスは太平洋に点在する数多くの環礁からなりたつ国です。 海面上昇によって、国土の半分以上が水没の危機にあるキリバス。フィジーから飛行機で飛んだ先で見た島の光景は驚くべきものでした。島のアチコチが海の浸食で分断されそうなほどになっていて、水たまりがたくさんあります。地面の高さと海の高さがほとんど変わらないような場所が多くて、嵐が来たらどうなるんだろうと心配になるかのような島(※2)。それでも島は椰子の木やパンノキが多く茂っていて、ミクロネシア系の島の人々もゆったりとしていて不思議な国です。

さてキリバスに渡って皆既日食当日。タラワではぎりぎり皆既日食にならないため、朝4時にタラワの港を出て皆既帯にあるマラケイ環礁に向かいました。 当初予定では7時間の船旅。星が輝く中しずかな海へと出発。空が漆黒から群青、紫水晶へと変化していく中で皆既日食への期待は徐々に高まっていきます。その先に何が待っているかなんて考えることもなく、マラケイ環礁での皆既日食が頭の中に浮かんでいた皆既日食の朝でした。

出港して4時間ほどたった頃でしょうか。海にうねりが出てきて、風が雲を引き寄せ始めました。少し前まで晴天だった海上があっという間に雲に覆われてきて、船が大きく揺れ、猛烈な風と雨が激しく巻き起こってきました。船と言っても小型の貨物船。船上はほとんどが甲板で、キャビンはごくわずか。大きく揺れる船上でずぶ濡れになりながら荷物に雨よけをかけてロープで固定し、自分もロープにしがみつきつつはじき飛ばされそうな甲板上の日よけを乗員みんなで必死になってつなぎとめるなど、船上は大混乱。さっきまでの穏やかさがウソのように吹き荒れる風と雨、そして山に登り突き落とされるような波間を乗り越えつつとにかく進む船。予想もしなかった嵐の中を2時間以上突き進んでマラケイ環礁に向かいました。

まったく想定外の嵐で予定は大幅に遅れ、そして機材の一部は水浸しになり、マラケイ環礁に到着した時には第1接触まで1時間を切っていました。いよいよ皆既日食までのカウントダウンが始まりました!


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