皆既日食2009ワールドレポート

日本/喜界島編

喜界島を旅した人
カツヒロ
成層圏から皆既日食と地球を記録する「日食リズム・バルーンダンスプロジェクト」@喜界島を主催。それに伴い、不特定ユニット「素粒子のダンス」を結成。次ぎに素粒子のダンスで踊るのは!?
心はまだ……

「世界が喜ぶ島が喜界島よ」この言葉が忘れらない2009年皆既日食の旅! 迎える人々と向かう人々がひとつとなって、島全体が「日食村」となった夢のような時間でした。島の美しさ、人々の温かさに誰もが感謝して、新たな故郷が出来たような……そう思える場所だった喜界島。

もう何年になるのだろう。長い間待ち続けたこの日食。過ぎ去った今となっては、あの夢見が恋しくて堪りません!特に長く、険しく、濃厚だった一年間の思い出です。

島々の苦悩

2008年皆既日食の旅@ウイグル(!)から帰ってきて間もなく、いよいよやってくる日本での日食へ向けて準備を始めました。皆既帯が通過する島々の役場と連絡を取り合うなか、皆既日食と多くの人を迎える島々は、予想していた以上に多くの問題を抱えていました。
2008年夏、既に荒れ模様。

「日食なんて迷惑なんです」と言っていたとある役場の方の言葉……。これがトリガーとなり、今回の旅が大きなうねりを持ち始めました。

日食を悪夢にしてなるものか!

この思のもと、時間を見つけては各役場と連絡を取り合い、受け入れ態勢や最新情報を収集・整理し、提供・共有を通じて島の特殊な事情を理解してもらえるように発信してきました。あわせて、役場には過去の日食での体験や思いなども出来る限りを伝えられるように勤めました。

しかし、多くの島々では入島制限が行なわれ、自由旅行が可能だったのは最終的に奄美大島と喜界島だけとなりました。入島制限が決定して以降、それらの島々とのコミュニケーションは大変難しくなりました。島民の生活を守るうえでは当然の対策だということは十分理解していましたが……。島内でも賛否両論あったと聞きます。苦渋の選択が繰り返され、2009年の皆既日食は迎えられました。

様々な人々が集う日食村はどこに!?続々と発表される入島制限をキッカケに、目標を奄美大島と喜界島へ絞りました。とりわけ喜界島とは、当初から役場や島の人々とコミュニケーションを重ねることが出来、平らな島の地形ならば日食雲もかかりにくいだろうとの憶測も手伝い、不思議な引力を感じる喜界島を目指すこととなりました。その後も、あれよあれよと島の人々と繋がり、幾度となく重なる偶然から予感は確信へ。素晴らしい時間を多くの人と共有出来るに違いない!

日食リズム・バルーンダンスプロジェクト

島の人々とのコミュニケーションを重ねるうちに、嵐のように過ぎ去るようなことはしたくない、そのために何か自分に出来ることはないだろうか?という想いが強くなりました。そこで思いついたのが、気象観測気球による成層圏から皆既日食と地球を記録するというプロジェクトでした。このアイデア自体は既に海外などで行なわれているものですが、皆既日食に挑むのは初めての試みだったと思います。記録はもとより、迎える人々と向かう人々がいつまでも繋がっていられるような、強力な媒介となるような物・事を生み出したいと考えました!

撮影に成功すれば、喜界島という名前も人々の目に止まり島への恩返しになるかもしれない。皆既へ向うことの出来なかった人達も繋ぐことが出来るのではないだろうか。そして、平和利用でのみとされていた今までとは一転して、軍事利用前提として可決された宇宙基本法への「嫌味」も込めて……。 僕自身、このプロジェクトにはいろいろな想いや夢を乗せました。個人の力でも宇宙へ近づくことが出来るという表現も加えて!

しかし、気象観測気球とは何?というところから始まったこのプロジェクトは、技術的な問題から始まり、法律や資金などの問題。専門的な知識もなければ普段の仕事があり時間もない。終始、綱渡りの道のりを進むこととなりました。日食カウントダウンに急かされながら、このプロジェクトのリズムも加わわり、来る7月22日へ向けて複雑なリズムを打ち続けることとなりました。

前進しては後退する。

何度も大きな問題にぶつかりその度に頓挫しそうになりました。その度に、多くの人の協力に支えられ、自分も必死の思いで打ち上げまでこぎつけました。しかし、このプロジェクトが相手にするのは地球内外の自然です……。


前ページ‹ | TOP | › 次ページ